
この漫画を紹介するにあたり、どういう切り口から記事を書き綴ろうかと酷く考え込んでしまい、遅筆にならざるを得なかった。
それほど近年読んだ漫画の中でも抜きん出て異質、ストーリーは丁寧に練り込まれ、かつ登場人物それぞれのキャラクターが魅力的に確立されている。
考えた挙句、こんな月並みな言葉でしか言えない。それでも伝えたい。あなたは必ずこの物語を知るべきだと。
ダーウィン事変と云う漫画
断言できることがまず1つ。この作者は知性が豊かであり、また論理的であると同時に情熱的。まだ本作は完結こそしていないが、よくありがちな物語の中で話を拡げすぎ、ストーリーや論理が破綻してしまう様な他漫画でよくある展開には決してならない。
進化論を唱えたイギリスの学者チャールズ・「ダーウィン」をタイトルに冠するこの物語彼自身の代名詞と言っても過言ではない「進化論」が深く関わっていることは容易に想像できてしまうだろう。

あらすじ紹介
物語は過激な動物愛護団体(ALA)がとある生物研究施設へ乗り込むところから始まる。


そう。この団体はただの動物愛護団体ではなく、【肉食者】や【動物を搾取する全ての者】を攻撃対象としている。
そんな過激な団体が強襲した施設にはとんでもない秘密があった。何とその施設には【人間の子を宿したチンパンジー】がいたのだ。
そのチンパンジーはあわや流産という危険な状態にあったが、別の施設に移され、無事に子供を出産したのである。
そう、チンパンジーと人の子、【ヒューマンジー】が誕生し、正式な調査結果でもそれに相違ないと世界に認められることになったのである。

ヒューマンジーは【チャーリー】と名付けられ、親チンパンジーの治療にあたったスタイン博士が親となり、チャーリーを育てる事になった。ちなみにスタイン博士は結婚しており、妻は有能な弁護士である。
ヒューマンジーと人間社会との交流
そんな両親から育てられたチャーリーも高校生になり、育ての母の希望である【普通の人間と一緒の暮らしをさせたい】という願いから男女共学の高校へ通うことになる。

あくまで普通の子と同じ経験をして、普通に暮らしてほしいと願う母は何度もチャーリーに「普通じゃないことはしないこと」と諭す。対してチャーリーは全く気にした様子はなく、飄々としている。
この母の異常な心配振りには理由があり、10年前、チャーリーの幼少期に人間社会に溶け込ませようと世間の歓迎ムードの中、起きてしまったある重大な事件が関係しているのだが、ここでは伏せておく。
普通の高校生活を過ごそうとするチャーリーに起こる数々の事件
普通に過ごそうとするチャーリーに対し、思春期真っ只中の高校生たちは男女問わず、チャーリーに興味深々。

最初は遠巻きに噂話する程度だったが、それだけで済む訳もなく、やがて直接話しをする様になっていく。
ヒューマンジーに引けをとらないヒロイン登場
学校でのチャーリーのある行動に興味を持ち、チャーリーに初めて声を掛けた人物、それがこの物語のヒロイン「ルーシー」である。美人で頭脳明晰であるが、少し変わったところがあり、クラスメイトの評判は「変わった隠キャ」。

少しもチャーリーに物怖じすることなく、ヒューマンの視点、ヒューマンジーの視点の違いなどディベートを重ねていき、互いに深い興味を持つ様になっていく。

物語序盤で二人が初めて互いの存在を問う名シーン。

彼女もまたいわゆる「普通」とは異なる秘密を抱えており、物語の中で1つのキーとして描かれる様になる。
物語のキーテーマ「ヴィーガン」
この物語をより深く愉しむ上で欠かせないテーマが「ヴィーガン」となっている。
筆者は「ヴィーガン」と言う名称は知ってはいるが、単に「動物は食べない」、「菜食主義者」程度の知識であった。この認識は余りに狭義であり、かつ誤りであった。作中ではヴィーガンを以下の通り定義している。
- 食物、衣類などあらゆる目的のためであろうと、様々な形態を持つ全動物への搾取や残酷な手段を(可能で実現できる範囲で)排除しようとする哲学や生き方。
そう、ヴィーガンとは考え方・生き方なのである。更にこの物語を面白くしている設定がチャーリーの両親もヴィーガンであり、育てられたチャーリー自身も自然とヴィーガンになっているところだろう。
この設定の何が深いのかというと、過激な動物愛護団体(ALA)も動物愛護の観点からヴィーガンであり、チャーリー一家もヴィーガンである。更にチャーリーを施設から救出したのもこの団体であることから、団体が過激なテロなどを行うたび、世間や、周囲の人間からはチャーリーは団体の仲間と紐付けられてしまう事になる。
そして気付かされるのだ。私たちは何かと直ぐにあらゆる物事、人、事象をカテゴリ区分し、その中に押し込めようとする。
自分自身を納得、安心させるためにこのカテゴリ区分を意識的、無意識的に行っている。
しかし、この物語をみればヴィーガンというカテゴリがあったとしても、カテゴリ内の人物、団体がその問題にどういうアプローチをしているかによって全く別のモノであるということも描かれている。

クラスメイトにヴィーガンについて問われ、持論を展開するチャーリー。

このヴィーガンを巡りクラスメイトや様々な人物とヴィーガン主義の是非についてディベートが行われるが、どれも非常に面白く考えさせられ、物語の見どころの一つとなっている。

チャーリーが人間に問いかける「なぜ人間だけは殺してはダメなの?」という問にあなたなら何と答えるのか?

そしてチャーリーの両親もヴィーガンでありながら、柔軟な思考の持ち主である。ヒロインのルーシーが「私もヴィーガンになった方が良いと思う?」という質問に対し、動揺する妻をよそにハッキリと「なった方が良い」と博士は回答する。

しかし彼曰く、あくまで生活に支障のない程度でやってみることは推奨すると。もちろんパーフェクトな生き方など無いと但し書きを付けて。

この「パーフェクトな生き方などないけどよりマシな選択肢はいくらでもある」と言うセリフが深く共感させられる。

そして気付かされる。ヴィーガンが正でそれ以外が悪などの単純な話ではない。人類全てがどんなに環境や動物に配慮しても生きていく限り、与える影響については完全なZeroにはできないのである。
それでもZeroにならないからと言って何もしない事は、「聖者≒凡人=シリアルキラー」ではないと例を出して解り易く伝えてくれる。
人それぞれ考え方、生き方は違えど、このテーマに向き合い考え、支障の無い程度に意識し、行動するだけであなたの人生に1つ思慮深さを与えてくれるはずだ。
再び蠢きたした過激派団体「ALA」がチャーリーを狙う
目的ためならテロ行為も辞さなくなってきた過激団体「ALA」。組織の実質的リーダー曰く、「奴隷を解放するには奴隷自体が声を上げ、リーダーになることが重要」と言う。
そうなのだ。この視点から言えば半分チンパンジーであり、半分人間であり言語も操るチャーリーの存在は彼ら団体にとって喉から手が出るほど欲しい存在となっていく。
ココから物語はチャーリーに迫る「ALA」とチャーリーと仲間たちの攻防戦が加速していく。
物語の最高な見どころ「チャーリーという生物」
ここまで小難しい話を並べてみたが、本作の1番の見どころ。それは主人公チャーリーのキャラであり、ユニークな持論にあると言える。

高校に通い、人間たちとディベートした後のチャーリー。

クラスメイトのヴィーガン主義者から、ヒトとそれ以外の動物の架け橋になれる唯一無二の存在であるチャーリーに特別であることを求められる。
しかし、チャーリーは平然と以下のように回答する。

過激な団体となった組織に持論を展開するチャーリー。


響いたシーンNo.2。動物が言語を話すとこの様な感じではないだろうかと想像してしまう。梟の目がこのコマの迫力に拍車をかけている。

筆者に響いたシーンNo.1。全ての生き物は唯のone。彼にとって人間にせよ、動物にせよ何の隔たりもなく、ただのoneなのだ。
そしてなんと言っても漢の心をくすぐる強さもチャーリーは持ち合わせているのだ。
科学的根拠に基づいた交配種の特性、「ヘテローシス(雑種強勢)」。そう、チャーリーは人より賢く、チンパンジーよりも強い。

面白さのまとめ
本作の異質な面白さは前編で記述した深い思考による人物同士のディベートや、単純でいて美しく強いチャーリーの戦闘シーンに見惚れてしまうところにあるのだ。もちろんユニークなジョークによるクスッとしてしまうシーンも愛らしい。
最後に
現在進行形でより面白くなっていくこの物語に目が離せない。漫画嗜好に千差万別あることも承知している。しかしあなたはこの物語は必ず知るべきだ。読んで面白いと感じたあなたとこの物語の架け橋になれれば大変嬉しく思う。
※本編の一巻については下記の通り、フリーで公開されている。直ぐに読めるのでまずはそちらで読んでみては如何だろうか。


追伸)先ほど、本作が「2022 漫画大賞」を受賞したというニュースを偶然見つけた。正直な所感としてこの作品は選ばれるべき漫画である事に間違いないが、なにより2022年はまだ4ヶ月程度しか経過していない。この様な賞はたいてい年末に決まると思っていた筆者は少し口元が緩んでしまった。
ー了ー
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